地震大国日本に原発はいりません
もんじゅは最も地震に弱い原発 今すぐ廃炉の決断を!

緊急署名開始! 福島4号機の核燃料を一刻も早く移動させてください。
署名用紙 日本語版  (English
署名用紙が必要な方は、ストップ・ザ・もんじゅまでご連絡ください。
stopthemonju[@]sannet.ne.jp(@
のカッコを取って下さい)

アーニー・ガンダーセンの警告 〜8月31日の院内集会&東電・エネ庁ヒアリングに参加して〜
東京電力は、福島事故の後始末を合理的な期間のうちに成し遂げる能力など持っていない・・・来日して以来そう実感しています。東電及びエネ庁に対し直接質問するという機会を福島事故後初めて得ることができましたが、私の質問に対する彼らの解答には、正直驚きましたし、恐ろしく感じました。彼らは、自分たちでわざと目隠しをしていて、問題を見ないふりをしているかのようでした。福島第一を安全に収束させ廃炉にしていくには、これまでにないクリエイティブな能力が必要なのですが、それを妨げる古い枠組みに彼らは縛られたままで、それ以外の考え方をできない体質なのだということが分かったのです。私が思うに、福島第一の事業は東京電力から完全に切り離される必要があります。福島の収束事業の責任を負わせることは無理です。彼らにはそれをやりきるための十分な経験も能力もないのですから

放射能汚染がれきの拡散処理に反対します。
環境省は放射能汚染がれきの日本中拡散に必死です。環境汚染省と改名すべき最低の原子力推進組織に成り下がっています。こういう役所に原子力を規制する資格はありません。原子力発電の規制とは「放射能汚染からいのちを守る」ことが仕事です。原子力推進のために放射能汚染を拡大するような組織がいったい何の規制ができるのでしょうか。
がれきの広域拡散(放射能汚染拡散)は国の命令に従って市民のいのちを殺すのか、市民の命を守るために国の命令を無視するのかの戦いです。地元で3年で処理可能なガレキ処理を19年かかるなどと、いつまで環境省はウソをつき続けるのでしょう。
放射能汚染は一度拡散すれば取り返しはつきません。半永久的にその土地を生物の住めない土地にします。
日本中の多くの自治体が住民のいのちを守るために「がれき受け入れを拒否しています」
札幌の上田市長さんありがとうございます。徳島県のみなさまありがとうございます。
今がれき受け入れを拒否している人々は、住民のいのちと先祖代々の土地を放射能汚染から守った勇気ある名士として後世に語り継がれていくでしょう。
原子力ムラ、産廃業者、環境汚染省の汚い金儲けのため、先祖代々の土地と自分が生まれ育った土地を放射能で汚し故郷のいのちを殺そうとしている「がれき受け入れ賛成派」の議員、マスコミ、知事、市長たちを覚えておいてください。ガレキが持ち込むものは放射能だけではありません。ヒ素、カドミウム、アスベストなど有害物質が拡散します。ガレキは地元で処理した方が雇用も生まれ、支援になります。行動してください。先祖代々の土地と子孫のいのちを守るのは「ガレキを持ち込むな」という、あなたの声だけです。
 私たちは原子力ムラと産廃ムラに放射能で殺されるために生まれてきたわけではありません。

原発の安全神話は崩壊しました。
日本中の原発の再稼働を止め
このまま原発のない日本に進みましょう。

意見広告2月25日朝日新聞に掲載されました。御協力いただいた皆様ありがとうございました。

記録DVD販売中 全て各 1000円
2012831日院内集会 1.アーニー・ガンダーセン院内集会  2.東電・エネ庁4号機ヒアリング
2012512日大阪集会
1.
小林圭二さん(10)、アーニー・ガンダーセン集会ビデオ(35)字幕 翻訳文付属
2.
広瀬隆さん(120)資料付属  3.アーニー・ガンダーセンビデオのみ(35) 翻訳文付属


小木曽美和子さんのご逝去に心から哀悼の意を表します。

2012
624日、原子力発電に反対する福井県民会議・事務局長の小木曽美和子さんが永眠されました。長い間、福井の反原発運動に身を投じてこられ、 ストップ・ザ・もんじゅも「もんじゅ」裁判始め、1996年から始まった12月の「もんじゅ」を廃炉へ!全国集会などを通して、長いおつきあいとなりまし た。小木曽さんの運動への献身とご努力、戦いに敬意を表し、ここに心から哀悼の意を表します。

20120617いのちが大事 なぜ今再稼働?ふくいでつながろう
      2200名が結集!集会後、福井県庁をぐるっと回って大飯再稼働反対の声を!

http://www.page.sannet.ne.jp/stopthemonju/home/20120617fukui1.jpg

http://www.page.sannet.ne.jp/stopthemonju/home/20120617fukui2.jpg

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20120714脱原発のエネルギーを考えるつどい 映画『シェーナウの想い』上映と朴勝俊さんのおはなし
20120512
広瀬隆講演会第3弾
20120325再稼働反対福井集会&デモ
20120311
さよなら原発関西一万人行動 原発卒業式
20111016
さよなら原発関西のつどい山本&藤波トーク
20110611
原発いらん関西行動第24500 福島からメッセージ 山本太郎さんのメッセージ
20110416
原発いらん関西行動第13500

 

検証:でんき予報 「電力不安」を煽る関電の小細工

誰でもできる!簡単な計算でわかる!「電力不安」の実相

夏は原発なしでものりきれる!

 

2011.8.4

「もんじゅ」を廃炉に!緊急院内集会

チラシ

もんじゅでヒヤリング

議事録

 

 

 

 

 

福島第一原発事故関連

2011.8.22

大阪府に福島から集団疎開を受け入れるよう他要望

要望書

 

2011.4.4

福島県飯舘村周辺で高い放射能値 
早い避難が必要

3月15 日から90 日間の積算被曝量が95mSvの所があります。

 

2011.3.25

東京を襲った「見えない雲」

2011.3.25

なぜ放射能拡散予測図を公開しないのか

2011.3.25

未曾有の事態 しかしすぐに次に備えないと


2011.7.21 脱原ネットで「もんじゅ」予算凍結の要望脱原発の要望も併せて
2011.7.18
 脱原発のエネルギーを考える 広瀬隆講演 第二弾 希望編「原発なくてもエネルギーを考える」
2011.6.23 
福井県知事の主張はもっとも 「もんじゅ」も当然、止めておくべき このまま廃炉が妥当
2011.2.21
 「もんじゅ」で続くトラブル
2011.2.21
 落下事故その後
2010.12.27
開示された外交文書に見る「もんじゅ」と核
2010.11.1 
落下した炉内中継装置が今度は引き抜けない!
2010.9.30 
総数15体のグリッパーのうち、問題のグリッパーのみ形状に問題あり
2010.9.28 
9/24「もんじゅ」落下事故でヒヤリング 中継装置落下はグリッパーの初歩的設計ミスか
2010.9.20
 8月26日の炉内中継装置落下の疑問
2010.5.8再開直前のナトリウム漏えい検出器の故障に関して
2010.4.29
ノーモアチェルノブイリ関西のつどい決議→集会決議文
2010.3.11
学者有志が「もんじゅ」再開反対で緊急声明→声明+説明文
2010.1.11
「もんじゅ」風向調査 首都圏直撃 左の風向調査をクリック!

特別寄稿 自治体に落ちる原発からの税収入 「浜岡廃炉の影響評価」

 

 

 

 

 

 

概要 [編集]

もんじゅは敦賀市(緑色の部分)北西部の敦賀半島に位置する

MOX燃料(プルトニウム・ウラン混合酸化物)を使用し、消費した量以上の燃料を生み出すことのできる高速増殖炉の実用化のための原型炉であり、高速実験炉常陽でのデータをもとに建設された日本で2番目の高速増殖炉である。核燃料サイクルの計画の一環であり、新型転換炉ふげんと共に開発が進んでいた。日本は高速炉開発を国家プロジェクトと位置付けており[1]、高速炉を始めとした第4世代原子炉の研究開発を国際的に主導的な役割をはたしている[2]。もんじゅはその中心となる施設である。2011年現在、常陽及びもんじゅによって得られたデータをもとにして高速増殖炉開発の次の段階となる実証炉の設計が行われている[3]

1995に冷却材であるナトリウム漏洩による火災事故を起こし、さらにそれが一時隠ぺいされたことから、物議を醸した。その後、運転再開のための本体工事が2007に完了し、2010562年後の本格運転を目指して運転を再開した。しかし、20108月の炉内中継装置落下事故により再び稼働ができなくなった。2012年に再稼働する予定[4]であったが、2012年夏時点は未定である。

もんじゅの目的は、高速増殖炉の実用化(商用化)に向けた技術を原型炉(もんじゅ)によって開発し、その設計や建設、そして稼働の経験を通じて高速増殖炉の発電性能及び信頼性・安全性の実証、また高速増殖炉の経済性が将来の実用炉の段階において既存の発電炉に対抗できる目安を得ることであり、高速増殖炉の研究開発の場として今後の利用が予定されている。

もんじゅは日本原子力発電株式会社敦賀発電所関西電力株式会社美浜発電所2つの発電所と接続されている[5]

名称の由来 [編集]

§  「もんじゅ」の名は仏教文殊菩薩に由来する。若狭湾に面する天橋立南側にある天橋山智恩寺本尊から来ているといわれる。

§  「もんじゅ」「ふげん」の由来 「文殊、普賢の両菩薩は、知慧と慈悲を象徴する菩薩で、獅子と象に乗っている。それは巨獣の強大なパワーもこのように制御され、人類の幸福に役立つのでなければならない」[6]

§  「もんじゅ」の命名は、他の新型動力炉「常陽」「ふげん」とともに動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の副理事長・清成迪(きよなりすすむ)氏が発案[7]したものであるが、その発案に当たっては、当時の仏教学界や国文学界の首脳とも相談したということが当時の広報室長、関根瑛應氏の証言で判明している。仏教学界では宮本正尊氏、国文学では土岐善麿氏の名前が挙げられている。[8][9]

§  なお、巷間でよく言われる曹洞宗の大本山永平寺の貫首(住職)が名付け親だとか、助言を清成氏にした[10]というのは、まったくの誤情報である。永平寺の機関誌『傘松』第630号(19963月)では、貫首命名説を訂正・謝罪しているし、命名の時期が1970年ということからも成りたたない。[11]

仕様 [編集]

§  原子炉型式:ナトリウム冷却高速中性子型増殖炉(高速増殖炉 ループ型)

§  熱出力:714kW714MW

§  最大電気出力:28kW280MW

§  燃料の種類:MOX燃料

§  燃料交換間隔:約6か月

§  燃料交換方式:単回転固定アーム方式

§  熱効率:39%

§  冷却材:金属ナトリウム

§  原子炉入口冷却材温度:397

§  原子炉出口冷却材温度:529

§  燃料集合体:198

§  燃料増殖比:120%(1.2)

§  制御棒本数:19

§  原子炉格納容器:鋼製格納容器

§  建設費: 5,900億円 / 1810億円(当初予算 / 現在までの累計額)

§  製造メーカー:日立製作所東芝三菱重工業富士電機

設備 [編集]

番号

原子炉形式

建設主体

定格電気出力

定格熱出力

運転開始

現況

MONJU

高速増殖炉(FBR)

日立製作所東芝三菱重工業富士電機

24.6kW

71.4kW

19958

原子炉内中継装置落下事故により停止中

歴史 [編集]

ここでは公式の表記との比較のため元号も併記している。

§  1967(昭和42年)102動力炉・核燃料開発事業団(動燃)設立

§  1968(昭和43年)926高速増殖炉の実験炉「常陽」の次の段階として、原型炉の予備設計開始

§  1970(昭和45年)4:建設候補地に、福井県敦賀市白木を選定。立地自治体の敦賀市の了承、福井県の内諾。地質等調査開始

§  1975(昭和50年)917原子力委員会によるチェックアンドレビュー開始

§  1976(昭和51年)220:福井県および敦賀市と安全協定を締結

§  1978(昭和53年):環境審査開始

§  1980(昭和55年):安全審査開始

§  1980(昭和55年):41:原子炉産業4社(東芝日立製作所富士電機システムズ三菱重工業)が出資して高速炉エンジニアリング株式会社を資本金3億円で設立

§  1983(昭和58年)125:建設準備工事着手

§  1985(昭和60年):本体工事着工

§  1990(平成2年)720動燃アトムプラザ開館

§  1991(平成3年)322ナトリウム現地受入れ(国内輸送)開始

§  1991年(平成3年)518:機器据付け完了式典・試運転開始

§  1992(平成4年)12:性能試験開始

§  1994(平成6年)451001臨界達成

§  1995(平成7年)829:発電開始

§  1995年(平成7年)128:ナトリウム漏洩事故発生

§  1998(平成10年)101動燃解体 - 核燃料サイクル開発機構発足

§  2005(平成17年)33:ナトリウム漏洩対策の準備工事を開始

§  2005年(平成17年)91:ナトリウム漏洩対策の本体工事着手

§  2005年(平成17年)101独立行政法人日本原子力研究開発機構発足

§  2007(平成19年)523:本体工事終了

§  2007年(平成19年)831:運転再開に向けての原子炉の確認試験開始

§  2008(平成20年)515:新燃料(初装荷燃料)の1回目の輸送

§  2008年(平成20年)718:新燃料(初装荷燃料)の2回目の輸送

§  2010(平成22年)561036分運転再開

§  2010年(平成22年)56239分放射性ガスの検知器が誤作動

§  2010年(平成22年)57101分放射性ガスの検知器が誤作動

§  2010年(平成22年)581036分臨界確認。試験として約1時間後、19本の制御棒のうち2本を挿入し未臨界とした。今後、臨界と未臨界など各種の試験を経て2013年春に本格運転を目指す

§  2010年(平成22年)826:原子炉容器内に筒型の炉内中継装置(重さ3.3トン)が落下。後日、吊り上げによる回収は難しいと判断。長期の運転休止となる。

§  2010年(平成22年)1228日:海抜21mにあるディーゼル建物に設置されている非常用ディーゼル発電機(発電出力:4250Kw3台のうち1台(C号機)がシリンダライナのひび割れにより故障していたことが判明した[12]

§  2011(平成23年)323東京電力福島第一原子力発電所事故を受け、福井県はもんじゅの安全性確保について、文部科学省に申し入れをした[13] [14]

§  2011年(平成23年)45:福島第一原子力発電所の事故を受け、全電源喪失時対応訓練の実施を行った[15](なお、426日の共同通信の報道[16]によると、4月現在の装備では、もんじゅを含めた多くの原子炉で電源車では十分な冷却が不可能とされた。日本原子力研究開発機構や各電力会社では電源車の追加配備を計画している)。

§  2011年(平成23年)420:経済産業省からの緊急安全対策を指示を受けて、日本原子力研究開発機構はもんじゅに電源車の配置、緊急時の使用済燃料貯蔵槽の冷却確保などの安全対策を施し、またすべての電源喪失を想定した訓練を行ったなどとする報告書を経済産業大臣に提出した[17]

 

 

もんじゅをめぐる訴訟 [編集]

許可無効を求める裁判 [編集]

もんじゅの原子炉設置許可について、周辺住民32人が国(経済産業大臣)による設置許可の認可を無効とすることを求めた行政訴訟(1985年提訴)が争われ、2003127日には名古屋高等裁判所金沢支部がもんじゅの設置許可処分が無効であることを確認する判決を一度下した。その後の2005530日、最高裁判所は「国の安全審査に見過ごせない過誤や欠落があったとは言えず、設置許可は違法ではない」との判決を下し、国の勝訴が確定した。

一方で、もんじゅの建設・運転の差止めを求めた民事訴訟も起こっていたが、2003年に原告が訴訟を取り下げた。

もんじゅ西村裁判 [編集]

1995128日に発生したもんじゅのナトリウム漏洩火災事故において、事故現場の様子を撮影したビデオの一部を隠したことが発覚し、マスコミに追及された。 隠蔽公表の翌日の1996113610分、ビデオ隠しの特命内部調査員としてマスコミ報道の矢面に立たされていた動燃総務部次長の遺体が発見された。警察発表で自殺とされ、その後、マスコミの追及は尻すぼみとなっていった。

遺族は自殺の原因を動燃にうその記者会見を強要されたためであるとして損害賠償請求訴訟を起こしたが[18]2012131日付けで敗訴が決定した。[19]

ナトリウム漏洩火災事故 [編集]

1995年、二次冷却系で温度計の破損によって金属ナトリウムが640kg±42kg(推定)が漏洩[20]し、火災となった。この事故は国際原子力事象評価尺度ではレベル1と判定されたものの、事故への対応の遅れや動力炉・核燃料開発事業団(当時)による事故隠しが問題となった。

この事故以来、もんじゅは運転休止状態が続き2010年まで運転を停止していた。

事故の経緯 [編集]

128日、もんじゅでは運転開始前の点検のための出力上昇の試験をしていた。 そして目標の熱出力43%を目指し、出力を徐々に上げていたところで事故が起きた。

§  1947分:二次冷却系配管室で配管のナトリウム温度計がわずかに低下、その後200前後まで急低下した後に480まで復帰してすぐに「温度高」を示した。通常480のところ600の目盛りを振切っていて、実際何度になっているか判らなくなってしまった(なお、この温度検出器は熱電対のであり、断線するとオーバーレンジとなってしまうため、ナトリウムが600以上になったわけではない)。

§  1947分:火災報知器が2か所発報し、ナトリウム漏洩を知らせる警報が発報し、運転員は2次主冷却系配管室で「もやっている程度の煙」(ナトリウムエアロゾル)[21]を確認した。その後も火災警報の範囲は広がり、ついには階を超えて発報を始めた。

§  2000分:火災警報機が14ヶ所発報した時点で、運転員らは異常時運転手順書「2次主冷却系のナトリウム漏洩」に従い原子炉の停止を決定、原子炉の出力を徐々に落とし始めた。

原子炉を急激に停止させる「緊急停止」は炉に負担をかけるため、炉を保護する為に緩やかな出力降下を目指した。その後、非常に大きなベル音が連続して鳴動するため、 運転操作の妨げになるとしてベルの停止操作を行った。そのため、別の火災報知器がさらに発報していることに気づくのが遅れた。

§  2050分:運転員が現場で白煙の増加を確認。

§  2120分:事故発生から1.5時間後、火災警報器が34か所発報にも及んだ時点で、事態を重く見た運転員らが手動で原子炉を緊急停止させた。充満した白煙と高温により、防護服を着用しても現場に立ち入ることは困難で、被害状況は全くつかめなかった。しかし、原子炉停止後も火災報知器の発報は続き、最終的には66か所に及んだ。

§  2240分:二次冷却系Cループ配管内のナトリウムの抜き取り操作を開始した(9015分終了)

§  2313分:二次冷却系Cループ配管室及び蒸気発生器室の換気空調系が停止。

翌日午前2時、事故現場に立ち入り状況を確認したところ、高融点鋼鉄製の床が浸食され、さらにナトリウムが周囲にスプレー状に飛散していた。 なお、漏洩した金属ナトリウムは二次冷却系のもので、放射能漏れは無かった。

事故後の対応 [編集]

事故後の会見はもんじゅのプレスセンターで行い、動燃は事故当時撮影した1分少々のビデオを公開した。しかし数日後、これがカット編集されたビデオであることが発覚し、マスコミに指摘を受けた動燃は未公開部分 [22] [23] [24]を順次公開。当初のカット編集は、報道によるメディアスクラムや反原発団体による糾弾を懸念した職員の判断で行われたものとされるが、これがマスコミ等に「情報隠蔽ありき」と受け取られたことで結果的に裏目に出る形となり、より強い不信を煽る事となった。数日後、動燃は事故発生直後の現場のビデオがさらに存在すると発表。おびただしい量のナトリウムが施設内に飛散した映像が与えた衝撃は大きく、幾度にも渡り新聞やTVニュースで使用され、報道が過熱した。その中で報道の矢面に立たされた西村成生・動燃総務部次長が死亡し、死因は自殺とされた。

事故の原因 [編集]

事故から1か月経った199618日未明、前夜から行われていた漏洩箇所のX撮影により、ナトリウム漏洩の明確な原因が明らかになった。それまで最も有力だったのは、ナトリウムの温度を測定する熱電対温度計の収めてある「さや(ウェル)」と配管の接合部の破損であった。「さや」は、ナトリウムの流れる配管の中に棒状に突出しており、直径3.2mmの温度計を保護する役割を果たしていた。この「さや」は頑丈に作られており、ナトリウムの流速程度の機械的負荷で折損するとは考えにくかったため、破損箇所があるとするなら接合箇所だろうと考えられていた。

しかし、X線写真によれば「さや」の先端は途中のくびれ部分から完全に折損しており、中の温度計は45度ほど折れ曲がった状態で管内にむき出しになっていた。日本原子力研究所が調べたところ、ナトリウムの継続的な流れにより「さや」に振動が発生、徐々に機械的強度が衰え、折損に至ったことがわかった。

さらに、火災報知器が広範囲で発報した理由として、ファン付きの換気ダクトによって白煙の拡大を招いていたからであったことが明らかになった。直径60cmのナトリウム管路の下方に、直径90cmの換気ダクトがある。事故当時、換気ダクトのファンは作動したままになっていた。原子炉停止後ナトリウムの抜き取り作業が進み、ナトリウムの液位が下がった事でようやく自動停止した。

また、管路周辺にスプレー状にナトリウムが飛散していた事も予測できない事態であった。高速増殖炉では金属ナトリウムは加圧されていないため、スプレー状に飛散するほどには勢いよく噴出しない。しかも、問題の配管は全て保温材で覆われており、仮に管内が多少加圧されていても、スプレー状の飛散には至らないはずである。調査の結果、換気ダクトのファンに付着したナトリウムが遠心力で周囲に飛散していたことがわかった。

事故発生直後、運転員はゆるやかな出力降下による原子炉停止を行っていたが、これは運転マニュアルに違反した対応だった。運転マニュアルには、火災警報が発報した場合は直ちに原子炉を「緊急停止」するように記載されていた。

停止後の経緯 [編集]

§  200526:福井県知事の西川一誠は、それまで留保していたもんじゅの改造工事を了承した。これにより、「もんじゅ」の再稼動にまたひとつ道が開かれた。西川は「これをもって運転再開を了承するものではない」という姿勢を取っているものの、もんじゅ反対派からは批判する声が上がった。

§  2005927フランス共和国が、日本に対しもんじゅの共同利用を提案した。

§  2009422:運転再開を目指しているもんじゅでナトリウム漏れ検出器の取り付けミスなどのトラブルを多発していることに関して日本原子力研究開発機構は、経済産業省原子力安全・保安院小委員会に報告書を提出した。

§  2010210、原子力発電所に反対する市民団体や住民運動団体が、日本原子力研究開発機構に対して「危険なもんじゅの運転再開はするな」、「万全な地震対策を」などを申し入れた。また、関西電力や日本原子力発電に対しても耐震対策の確立などを申し入れた。

§  201032003 - 20085年間にわたり、日本原子力研究開発機構から業務を請け負う地元企業数社が、敦賀市長河瀬一治や、西川のパーティー券を累計で、河瀬から222万円、西川から130万円分、それぞれ購入していたことが発覚し、運転再開の判断を巡る公平性に疑問が投げかけられる状況となった。

運転再開 [編集]

再開は4回ほど延期されたが、経済産業省原子力安全・保安院内閣府原子力安全委員会20103に安全性を「妥当」と判断し、2010428日に福井県知事も運転再開を了承。201056日、停止後から延べ145か月ぶりに運転を再開した。

58には出力0.03%で核分裂反応が一定になる臨界に達する。

予定では、2011年度に出力40%に上げたのち、3段階で出力を引き上げる性能試験を3年間行うとされており、発電は20115月ごろから開始し、本格運転に入るのは20134月になる見込みであった。

再開後も性能試験中に誤警報や故障などのトラブルが頻繁に起こっており、またトラブルは大小問わず迅速に公表するように念を押されていた。だが、再開初期には公表の遅れがあったり、2010510日には操作方法を熟知していない運転員による操作ミスで制御棒の挿入が中断するといったトラブルも起こっている。相次ぐ機器のトラブルや一部工程での当初計画より時間がかかり過ぎることなどに対応するため、運転資格を持つ運転員の再教育や試験担当者の増員、「運転管理向上検討チーム」の設置が発表された。

原子炉内中継装置落下事故 [編集]

§  2010826:炉内中継装置(直径46cm、長さ12m、重さ3.3トン)がつり上げ作業中に落下する事故が起きた。

以後、日本原子力研究開発機構2010101日「落下による影響はない」として装置の引き揚げ作業を続行し、同年104日(直後に中断)と13日に24回の引き抜き作業を試みるもののいずれも失敗している[25] 炉内中継装置は燃料を燃料交換時に仮置きする金属製の筒で、原子炉容器にふたをしている鋼製の遮蔽プラグの穴を通して出し入れする。装置は2本の筒を8本のピンで上下に接合した構造で、下から約5メートルの部分に接合部がある。この接合部あたりで抜けなくなっているようである。また炉内はアルゴンガスや不透明なナトリウムに覆われており、変形部分を直接目視することができない。この事故によって、一時期「技術的常識に従えば本格運転も廃炉措置もできない」という主張も出され[26]、事態は混迷を極めることになった。

§  20101116日、ファイバースコープ及びCCDカメラ2本の筒の接続部にギャップが発生し変形していることを確認した[27]

§  2011128、落下した装置を引き抜くための追加工事や試験などの復旧作業に約94千万円の費用がかかることがわかった[28]。また、停止中も維持費に15500万円の費用がかかると報道された。

§  2011214、装置を現場で担当する燃料環境課長が福井県敦賀市の山中で自殺し、遺体で発見された[29]。この落下事故への解決策として、日本原子力研究開発機構は落下した炉内中継装置を燃料出入孔スリーブと一体で引き抜く保全計画を策定し国の確認を受けたうえで実施する計画を立てた[30][31]

§  2011623日:2050分より工事を契約した東芝が引き抜き作業を開始する。

§  2011624日:455分引き抜きを完了した[32]。この引き抜き作業の準備のために原子炉容器の上に機器を新設したことを受けて、撤去にかかった費用は計約175000万円となっている。

§  201177:炉内中継装置の分解点検作業を開始する。

§  2011712日:分解点検作業を終了した。分解点検の結果、炉内中継装置の全構成部品293点の回収を確認した[33]。ここで回転ラックの「駆動軸ジョイント」部(ユニバーサルジョイント側)の平行ピン1本が切断されており、他1本の平行ピンに約8mmのずれがあること、また回転ラック軸下端部のすり傷及び回転ラック軸受台下面の縁に摩耗痕があることを原子力研究開発機構は確認した[34]。原子力研究開発機構は破断面のレプリカを取得し、機器破片が原子炉容器内に残存していないか確認していくとしている[35]

§  201239日:落下事故の報告書を日本原子力研究開発機構が経済産業省原子力安全・保安院に提出[36]

MOX燃料の輸送 [編集]

もんじゅを始めとした高速増殖炉に使用されるMOX燃料は、プルトニウムを含んでいる。もんじゅのMOX燃料は茨城県東海村にある日本原子力研究開発機構の東海研究開発センター核燃料サイクル工学研究所から出荷され、常磐自動車道首都高速道路東名高速道路名神高速道路北陸自動車道を経て、福井県敦賀市のもんじゅまでトラックで輸送される。この際、テロを警戒して警備車両や警察車両が伴走するが、特別な交通規制はなく、一般の乗用車やトラックと共に高速で走行する。輸送容器(MONJU-F)は、9mからの落下衝撃に耐え、80030分の条件下に耐えうるものであるが、実際の高速道路での事故の衝撃やトンネル火災の温度はそれ以上になることが心配されている[37]

§  1992年度:5 - MOX燃料集合体120

§  1993年度:4 - MOX燃料集合体85

§  1995年度:2 - MOX燃料集合体48

§  2008年度:3 - MOX燃料集合体38本(515日、16日:MOX燃料集合体 18[38] / 717日、18日:MOX燃料集合体14[39] / 1216日:MOX燃料集合体 6[40]

安全性について以外のもんじゅへの批判 [編集]

§  温度が融点以下になることによる金属ナトリウムの固化を防ぐため、ナトリウム管にはニクロム線を巻き付けることで保温している。これらのプラントの構造は複雑であり効率が低い[要出典]

§  一部メディアでは軍事転用可能を枕詞にしたもんじゅの紹介がなされている。(普通の原子力発電所に用いられる軽水炉プルトニウム燃料は240Puなどの239Pu以外の同位体の割合が高いために原子爆弾の材料とするのは難しいが、高速増殖炉では239Puの比率が非常に高い兵器転用が可能なプルトニウムが生産される。これまでに、239Pu同位体純度97.5%のプルトニウムを62kg生産している。[要出典]

§  発電時には二酸化炭素を発生させないが、核燃料サイクルを全体では輸送などで二酸化炭素が発生する他、電力も消費される。したがって、二酸化炭素が余剰に発生する[要出典]

反論 [編集]

§  研究段階での経済性を実用炉と比較することは一概にはできない。そもそも、もんじゅは経済性の研究のために作られた炉ではない。[41]

§  IAEAの査察が入るため、239Puを抜き出したとしてもすべてわかってしまう。それに抜き出せるほど警備も甘くない。

§  核燃料サイクルを動かすためにも二酸化炭素が発生するとはいえ、化石燃料の燃焼に比べればそれは少なくて済む。[要出典]

 

 

 

 

 

 

 

政府が14日にもまとめる「革新的エネルギー・環境戦略」の原案がわかった。

 将来の原子力発電の比率について、民主党の提言を踏まえ、「2030年代に原発稼働ゼロ社会を目指す」ことを掲げるとともに、日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の実用化を事実上、断念する方針を盛り込む方向だ。

政府は12日、原案をもとに関係閣僚会議を開き、最終案の策定に向けた協議を行った。原子力協定を結ぶ米国に政府関係者を派遣し、米国の反応を見極めたうえで最終決定する。

原案では、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、原発に依存しない社会の実現に向け、〈1〉(原発の)40年運転制限制を厳格に適用する〈2〉原子力規制委員会の安全確認を得たもののみ再稼働する〈3〉原発の新設・増設は行わない――ことを基本原則とした。

 もんじゅについては、使用済み核燃料から出る廃棄物を減らすための研究炉とした後に、廃炉とする方向で調整している。

§  20129121506  読売新聞)

§  関西電力と日本原子力研究開発機構は5日、美浜原発(福井県)と近くにある高速増殖原型炉「もんじゅ」について、敷地内に走る断層の調査計画を経済産業省原子力安全・保安院に提出した。来年3月までに調査結果をまとめる。

§   計画書によると、両事業者はボーリングなどを実施する。美浜原発ともんじゅの間に走る活断層「白木―丹生(にゅう)断層」が地震を起こしたときに、敷地内の断層が引きずられて動かないかを調べる。保安院は断層が動いて原発の安全性に影響を与える可能性が否定できないとして追加調査を指示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§  東京新聞『こちら特報部』の7月4日号は、核兵器に転用可能な「もんじゅ」(特殊原子炉)と反対運動住職中島哲演氏の記事を載せています。

§  「もんじゅ」は、危険=配管が地震に弱い、浪費(一日で5,500万円,総経費1兆円の税金食い虫)、事故多発の特殊原子炉です。

§  文部科学省の所管ということもあって、なかなか話題になりにくいですが、重大で危険な原発で、税金を多額に浪費してきた原発ですので、ぜひ多くの人に関心をもってほしい。そのイミで「もんじゅ」の重要点について報道した東京新聞の抜粋を紹介します。

§  以下、東京新聞『こちら特報部』の7月4日号の記事全文です。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

危険、浪費、反平和 人のおごりが生んだ

§  “夢の原子炉”のはずが、稼働すらできていない日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)。17年前に動き始めた直後、事故で14年半も停止。昨年の運転再開後、また事故で止まった。命名の由来は文殊菩薩。「危険な施設に、御仏の名を使うとは」と、長年反対運動を続けてきた地元の住職は憤る。(出田阿生)

 

もんじゅ(福井)編

反対運動住職 

§  透き通った海と水晶を砕いたような砂浜で知られる、若狭湾の水晶浜。まとわりつくような熱気の中、海水浴客が戯れていた。水晶浜からトンネルを一つ抜けると、海の向こうにもんじゅが現れた。事故で停止中だが約三百人がここで働く。

§  もんじゅ近くにある同機構のPR館「MCスクエア」には、文殊が乗るのは獅子、普賢は白象。「巨獣に乗る菩薩のように、原子力の巨大エネルギーを人類が制御し、人類の幸福を目指す」と願いが書かれている。もんじゅと、先に廃炉が決まった新型転換炉「ふげん」の命名の由来だ。

§  この命名に、福井県小浜市の古刹、名通寺の中島哲演住職(69)は「仏教者として受け入れ難い。まさにそうした人間のおごりを、ブッダの知恵と慈悲で克服しようとしているのに・・・」と話す。境内には。鎌倉中期に再建された国宝・三重塔がある。中島住職は塔に納められた釈迦三尊像を見て、つぶやいた。

§  「むしろ恐ろしい原子力を、仏頼みで制御したいという祈りかもしれない」

§  長年地元で反原発引導を続けてきた中島住職は、もんじゅのキーワードとして「兆危険」「超浪費」「反平和」の三つを挙げる。

§  事故多発 ほとんど停止

§  まず、「超危険」。もんじゅは、動き始めて間もない1995年12月、ナトリウム漏れ火災事故を引き起こした。旧動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)が、事故現場の様子を写したビデオの一部を隠したことが発覚。隠蔽体質が批判され、当時の総務部次長が自殺した。昨年5月の運転再開まで停止が続いた。

§  昨年の再開直後、今度は原子炉に燃料交換用機器が落下する事故が発生。引きぬく作業を24回試みたが失敗。大事故につながる危険性を指摘されながら、ようやく先月、機器の引き抜きが完了した。

§  「配管が、大蛇のようにのたくっていた」。中島住職は、もんじゅの内部を視察した時の光景を強烈に覚えている。軽水炉を使う原発が工場施設とすれば、もんじゅは複雑な精密機器。冷却材のナトリウムは危険物で、接触すれば大爆発する水と、薄い金属板一枚を隔てて流れている。しかも、もんじゅの下を2本の活断層が走る。

§  総経費1兆円 1日5500万円以上税消え

§  次に「超浪費」。もんじゅの本年度予算は216億円。今後も年間約230億円の経費が見込まれる。停止中も維持管理や点検などで1年で約200億円かかった。何もしなくても、1日当たり約5500万円の税金が消える。同機構の発表で、これまでの総経費は9481億円。燃料関係費などを入れると1兆3000億円を超える。

§  それなのに、2050年度に実用化を目指すとしていた目標も、いまや「福島の事故もあり、もんじゅの運転再開や実用化のめどは立てられない」(同機構)との状況だ。

§  核兵器開発に転用が可能

§  そして、最後が「反平和」。中島住職は、仏教、キリスト教などの宗教・宗派を超えた「原子力行政を問い直す宗教者の会」の一員でもある。ノンポリ学生だった20代のころ、広島の平和行進で被曝男性と出会ったことが、人生を変えた。「死ぬる気で出征したる故郷に隠れ病む身となりてかへりぬ」。男性の歌に、隠さなければならない苦しみが凝縮されていた。

§  命を奪う核兵器と、高速増殖炉とのつながりは深い。核兵器に転用できる高濃度プルトニウムを生み出すからだ。「現在の政治判断はともかく、『いつでも核武装できる手段』として高速増殖炉を位置づける政治家や官僚の意図が、これまで外交文書などで明らかになっている」

§  仏教の原点は「生きとし生けるものが、みな幸せであるように」という願い。しかし、原発は、通常運転であっても被曝の危険にさらされる。1億2千万人の日本人のために累計40万人の原発労働者を犠牲にするという前提。福島も同じ。戦時中の特攻隊員と変わらない」と中島住職。

§  さらに「この狭い若狭湾岸に、なぜ15其も原発が林立したか。大都市圏に建設できないから、地方を人柱にしている」と続ける。

§  もんじゅの設置許可が出た1983年。当時の敦賀市長は「原発は金のなる木。棚ぼたしきのまちづくりができる」「そのかわり100年たってカタワ(講演録ママ)が生まれてくるやら、50年後に産んだ子どもが全部カタワ(同)になるやら、それはわからない。わからないけど今の段階ではやった方がよい」と講演している。

§  中島住職は言う。「原発は人の心も汚した。獅子に乗る文殊菩薩のように、人間の欲望やエゴをどううまく制御するか。福島の事故が起きたいまこそ、わたしたちにそれが求められている」

撤退 世界の潮流

◇配管 地震に弱く

§  高速増殖炉とは、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再び発電に利用する“資源の循環”を目的とする。資源小国日本には「夢の原子炉」といわれたが、危険性が高く、トラブルが頻発している。

§  元京都大原子炉実験所講師、小林圭二氏は「暴走しやすい。軽水炉と比べ、一瞬で制御が不可能になる」と指摘。冷却材のナトリウムについて「水のように透明でないため、炉の中が観察できない。通常の作業すら難しく、実用化には致命的。また、熱変化しやすい特性から、配管の厚みをわざと薄くしてある。裏返せば、地震に弱い」と指摘する。

§  小林氏によると、高速増殖炉で発電を目指すのはいまや世界で日本だけ。米国は1983年に開発停止。英国は87年に原子炉が大事故を起こし、開発から撤退。積極的だったフランスも、事故続出で2009年を最後に廃止した。

§  現在稼働する原発の使用済み燃料は、将来的に高速増殖炉で処理する建前だ。小林氏は「もんじゅを止めないのは、国の原子力政策や電力会社の原発運転が破たんするからだ。だが、すでに実用化は幻想の域に達している。廃炉しか道はない」と話す。